『藤沢周平全集 第19巻』

藤沢周平全集 第19巻』文藝春秋 1994 ISBN:4163643907
『海鳴り』。『天保悪党伝』。

とても読みやすい。文のリズムが良いんだろうか、どこにも引っかかりがなく、スルスルと読み進んでしまう。おかげで一度読み始めると止められない。
江戸時代の市井の生活を身体で感じさせてくれて楽しい。江戸の空気。天気や季節、闇の深さを肌で感じる。
私から見てほんの2世代前の人たちは、ここに描かれている時代と地続きの生活を経験している。でも戦後の生活の変化は、激変と言っても大げさじゃないくらい、大きく急速なもので、こういう生活の描写に現実感を感じられる人は急激にいなくなりつつある。
私の祖父母の世代(生きていれば80歳以上)の大部分は、子供の頃に、江戸時代とそう大差ない生活をしていた。服は着物、履物は下駄か草履。夜の明かりは行灯や提灯。暖房は火鉢。
私はそういう生活が現役としてあったことを、辛うじて部分的には生で知っている。(まだ小さい頃喘息が出ると通った医院が昔のままのお屋敷で暖房は火鉢しかなかった。茨城県の北の果てのさびしい町に住んだことがあるおかげで、月の無い夜がどれほど暗いかも知っている)。
でももっと若い人たちは、こんな生活、つくりものの中でしか知らないだろう。便利で快適。それはもちろん結構なことなんだけど、おかげで少し昔の人がどういう風に暮らしていたかも分からなくなってしまうのは残念だ。そのせいでこういう読み物を楽しめなくなってしまうなら、それはもっと残念なことだ。