猫の恩返し。

これは本当にあった話である。
4年ほど前のこと、とある長屋の一軒の家に、白い体に黒い斑の幼い猫がやってきた。
その猫は少しも人を恐れず、まるで「この家でお世話になります」と初めから決めてきたような様子であった。
試みに食べ物を与えてみたら、残さず食べてしまい、なお立ち去ろうとはしない。
「では、好きなだけ居なさい」と家に置くことにし、以来家の人はその猫を可愛がっていた。

ある時からその猫が台所で洗い物に使うスポンジをくわえて持って帰るようになった。
「これはきっとよその家に入り込んで、盗んで来ているに違いない。猫なりに恩返しのつもりではあろうが、よその家には迷惑なことだ」と考えたその人は「もう止めるように」と猫に話して聞かせた。
しかしその後も毎日のように猫はスポンジを盗って来る。
「いったいどこから盗って来るのやら」と不審に思い、申し訳なくもあったが、とうとう突き止められず、「まあ、スポンジくらい」と大目に見ることにして、「そのうち止めるだろう。いや止めてくれないか」と放っておいた。

するとしばらく経った頃から、その猫が持って来るスポンジの大きさが半分になった。
「どうやらスポンジを盗られる家の人も考えたものと見える。被害を半分に抑えるためにスポンジを切ることにしたのだろう」とその人はおかしがり、「何の罪もない猫を苛める人もいるのに、優しい心の持ち主だ」と感心した。

しばらく後、その猫がスポンジを持って帰ることはなくなったという。

北嶋廣敏『ちょっと怖くて不思議な猫の話』太陽企画出版 2001 ISBN:4884663551 が面白かったので、私の知っている実話を書いてみました。この本に載っているのは、こんな小ネタじゃなくて、もっと本格的な話ですが。